──出所されてから3ヶ月が経ちましたが、体調はいかがですか?
【田代】 体調も良くなって、やっと人間らしくなってきました。"シャバボ
ケ"といって、長年刑務所に入っていた人が出てくると社会に適応するまで3
ヶ月程かかるそうなんですが、ようやく自分も現実に慣れてきたと思う。今
は毎日散歩をしたりテレビを見たりして自宅療養しています。
──刑務所ではどんなことを考えていましたか?
【田代】 とにかく辛くて、何も考えられなかった。一刻も早くここを出た
いと思っていました。それほど人間的な環境ではありませんでした。
一番辛かったのが、刑務所は夜9時就寝なんですが、僕は夜型人間だったの
で全く眠れなかったこと。テレビは夜2時間見られるんですが、9時になると
一斉に消されるので寝るしかない。しかも、一時間おきに見回りが来るので
すぐ目が覚める。中には、北朝鮮の兵士みたいに大きな足音を立てる看守が
いて、これがムカつくんですよ。忍者みたいに足音を忍ばせて歩くような優
しい人もいたけど、それでも寝つきは良くなかった。仕方ないので睡眠薬を
もらって寝るようにしました。多いときには5錠も飲んで......だんだん減ら
して、最後は1錠で眠れるようになりましたが。
──夢は見ましたか?
【田代】 幸せだったころの......家族の夢は、よく見ました。皆で海外旅
行に行ったり、かみさんとケンカしている夢。あんなことで怒らなきゃ良か
ったな、って思いましたね。
──日中はどういう生活でしたか?
【田代】 風呂は1日おきとか、とても規則正しい生活だった。平日は朝6時
半に起床して、朝食後に工場へ出かけて作業をしていました。僕が入った工
場は、障害者や老人や政治家などが入るような所だったんです。どうやら、
目立たないように、と気を使ってもらえたらしくて。でも、障害者が多かっ
たので、仕事が単純作業で辛かった。紐を通したり、袋を折ったりを延々と
繰り返すだけで、時間が過ぎるのが本当に遅く感じました。
──他の受刑者は田代まさし本人だって気がついていましたか?
【田代】 印象的だったのは、『この刑務所に田代まさしが入ったの知って
る?』と聞いてくる受刑者がいたこと。僕の胸には『田代』とはっきり名前
が書いてあったので、『俺がそうなんだけど』と返したら、『違う。あの昔
歌手だった田代まさしだよ』と言われた。その時、ひげもそって頭坊主で眼
鏡もしてないので解らなかったのかもしれない。もしくは刑務所生活のせい
で、形相が変わってしまったのかな、ってショックでした。
そうかと思ったら、ずっと話したことがない同じ年代の受刑者がいたんで
すが、彼が出所する2日前にね、『大ファンでした、握手してください。もっ
と話したかったんですが、ご迷惑かと思って。これからも頑張ってくださ
い』と言ってきたり。他にも、若い受刑者で『出所したら、償いのために100
キロマラソンやりましょうよ』なんて、僕の復帰案を考えてくれた人もいま
した。
●月給900円、独居房でひとり過ごす日々
──映画のシーンであるような、カマを掘られたり、というようなことはな
かったんですか?
【田代】 僕は独居房だったからそういう心配はなかった。でも、オカマの
男性がいて、すごく気に入られましたね。刑務所を出たら七夕に会いましょ
うよ、ってしつこく言われて......。結局連絡は取らなかったけど。
──体罰等はありましたか?
【田代】 体罰はなかったけど、威圧的な看守はいました。怒られたことは
一回ありましたね。刑務所って朝飯は一品しかおかずが出ない。前の日にメ
ニューが張り出されるんだけど、次の日の朝のおかずが塩辛だった時があっ
て。僕は塩辛が食べられないので、『嫌だなあ』と思っていたら、前日の晩
ご飯にでっかい厚揚げが出た。『これを食べないで残しておこう』と思い、
隠しておいて朝になってそれをご飯と一緒に食べてたら、看守に見つかっ
て。そのまま取り調べ室に連れていかれ、その後に所長や副所長全員にこっ
ぴどく怒られた。罰として、半年無事故証を剥奪されて、月給900円のうち
500円を罰金として徴収されました。
──半年無事故証というのは?
【田代】 受刑者にはランクがあって、入った時はみんな4等級です。無事
故、無違反を続けていると徐々に昇級できるようになって、待遇も変わる。
たとえば、3等級まで上がるとお菓子が食べられたり。刑務所には月に一回だ
けお菓子が食べられる日があるんです。それくらいしか楽しみがないので、
食べられないと本当にショックだった。刑務所は飯が不味いですからね。
"くさい飯"というけれど、本当に臭い。麦と白米の半々のご飯なんだけ
ど、独特のにおいがする。トイレがすぐ傍にあるせいかもしれないけど。
──休日や年末年始はどう過ごしていたんですか?
【田代】 工場は土日が休みで、その他に、年末年始・お盆・ゴールデンウ
ィークも休みがもらえた。大体は本を読んで過ごすか、寝ていました。
大晦日は12時まで紅白歌合戦を見せてくれる。年越し蕎麦は出るけどお湯
がぬるくて......。年末年始は3日間くらい休みで、ちょっといい映画が放映
される。食事もおせち料理が出るんだけど、それが中途半端なものばかり
で、逆にシャバが恋しくなりました。
──刑務所の中で読んで印象に残っている本は?
【田代】 感動したのは、リリー・フランキーの『東京タワー』。僕のお袋
が九州出身で、しかも僕が売れかかったところでお袋が死ぬ、という設定が
リンクして、ほろっとしてしまった。
──薬の禁断症状や性的衝動はなかったんですか?
【田代】 食事の時に配られるお茶に"精力を減退させる薬"が入っていると
いう噂があって......そのせいかは解らないけれど、3年半いる間、オナニー
も含めてそういう気は一切起こらなかったですね。
薬の禁断症状も一切起こらなかった。僕がかかった病気は水虫くらい。3年
半の間に、完全に薬は抜けました。
刑務所の中でも薬物講習があって、自由参加だったので受講してみたけれ
ど、あまり役に立たないものだった。むしろ、薬のことを忘れてるのに何故
もう一度思い出さなくてはいけないのか、と逆効果だった。
出所会見の時に、『病院に行ったほうがいいよ』と言う人もいたけど、せ
っかく薬が抜けたのになぜまた薬と向き合う必要があるのか。薬を絶つのは
最終的には己自身だから、施設に頼るのは納得いかない。覚せい剤のせいで
迷惑かけた人の顔がたくさん浮かんできて、今は目の前に薬を出されても捨
てる自信がありますね。
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刑務所の中で薬は抜けた、とはっきりと言い切った田代氏。確かに、出所
直後の会見に比べて顔色も良くなり表情や声も安定し、テレビで活躍してい
たころとまではいかないが、ずいぶん回復したようにも見える。
それでは、そもそも何故、田代氏は覚せい剤に手を染めるようになってい
たのだろうか......。
* * *